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『十七歳』
“十七歳、まだ若すぎる”って書いたのは、アルチュール・ランボーだったっけ。
僕は十六になっただけで、ずいぶん年をとったと思ったのに。
十七歳なんて、大人と変わらない気がする。
気持ちがさっぱりしない。
明日から授業が始まるというのもあって、朝から髪を切りにでかけた。
電車にのって、本屋にいって、CD屋もまわる。だが、なぜか心が浮かない。
駅で帰りの切符を買おうとして、手がとまった。
「このまま、どこか遠くへ……」
行ってしまえる体力が、今の僕にあるのか。
ほんとうに僕は、消えてしまいたいのか。
天気予報を裏切って、空は明るく晴れているのに、なぜ僕は青ざめてる?
好きな相手の誕生日を祝って、くちびるを重ねた翌日なのに。
いったい何が足りないんだ。
コートのポケットをさぐって、昨日渡された、11桁の番号の書かれたメモ用紙をとりだした。
読みやすいが、きれいな字とはいいがたい、ちょっとユーモラスな線。
「誕生祝いに携帯を買ってもらったから、キリヤにも教えておく」
「僕は携帯、もってないんだけど」
「それはいいから、もうだめだ、と思う前にかけてこい」
「……わかった」
もう、メモ帳にうつしてある。
というか、暗記した。
壊れそうになる前にかけろ、とKがいうから。
だけど、僕はもう、壊れてるんじゃないのか。
駅前の電話ボックスに入った。
なにかの懸賞であたったテレホンカードがあったはずだ。
スモークガラスのドアを閉めると、世界は暗くなった。
ゆっくり、番号ボタンを押す。
つながった瞬間、とっさに言葉が出なかった。向こうから、
「キリヤか」
その声をきいたとたん、心が息を吹き返した。
「うん。いま、電話、平気?」
「ああ。自分の部屋にいるから」
「せっかくの日曜日なのに?」
「キリヤはどこにいる」
「街」
「なにしてる」
「Kのこと、考えてた。昨日、いわれたこと。あと、自分の気持ち」
「そうか」
「あのね、ひとつ、きいていい?」
「なんだ」
「Kは、その……僕の……で、気持ちよくなりたいって、思う?」
ちょっとだけ間があいた。だが、Kは苦笑まじりの声で、
「生々しいな、昼間から」
「ごめん。だけど夜じゃ、二人で会えない気がして」
「そうだな。高校生の男二人が入れるホテルも少ないだろう。かといって、家じゃ……人の出入りも、あるからな」
「あのさ、今から出られる?」
心臓が痛いほど鳴っていた。
「あの、寮の部屋、鍵、かけられるんだ。音楽選択の生徒も多いから、防音はわりとしっかりしてるし、だから、大声さえ出さなければ」
「わかった。いこう」
寮母さんは買い出しにでかけていて、あまり人目に触れないかたちで、Kを自分の部屋に通すことができた。
「思ったより、片づいてるな」
Kは誉めたつもりらしいが、いつでもここを出られるように、本以外のものは引っ張り出さないようにしているだけだ。そして本は、積みっぱなしだ。
「夕食の時に寮母さんに呼ばれるかもしれないから、その時間の前に、目覚まし、かけとくからね」
「いい部屋だな。トイレもある」
「うん。お湯も出るよ。顔あらったり、身体ふくぐらいのことはできる」
「カーテンも二重か」
「雨戸も閉められるけど、さすがに昼のうちからは目立つから……ってもう、夕方か。だいぶ日が長くなってきてるから、うっかりしてた。いそがなくちゃ」
僕はセーターとシャツを脱ぎ捨てた。色気もなにもあったもんじゃないっていわれそうだな、と思いながら振りかえると、Kは僕の上半身を、目を細めて見つめていた。
「ほんとうに白いな、キリヤの肌は」
首まで赤くなったのが、自分でもわかった。僕はKに近づいた。
「運動不足だっていいたいんだろ? だけど、人の服を脱がせるぐらいの腕力は、あるからね」
目覚ましが鳴る前に、僕たちは身づくろいを終えていた。
窓を開けると、新鮮な夜の風が吹き込んできた。
「ごめん、K。帰るの遅くなっちゃうな」
「これぐらいの時間なら、部活の友達に花見によびだされて、食事も外ですませたとでもいえば、問題ない」
「ならいいけど。Kはポーカーフェイスだから、それでとおるか」
「どうだろうな。それにキリヤも、けっこうな嘘つきだ」
「どこが?」
「傷、もう痛まないっていってたろう」
無言で抱きしめあった瞬間が、落ち着いたはずの熱と共によみがえった。
「それは、Kが、しつこくなぞるから……感じてた、だけだよ」
「いやらしいことをいうのは、この口か」
次に顔が離れた時、Kはいつもの笑顔を浮かべていた。
「キリヤが元気になってよかった」
「なったかな」
「なってもいないのに、あんなことをするのか」
「あんな、ことって」
僕はKから顔を背け、目覚まし時計のアラームを解除した。
「顔に“僕はしました”と書いてある」
「何をさ」
「今の学校の友達が、どれぐらい詮索好きか知らないが、普通は“このヤロウ”とこづかれるところだ」
「だって、そんなすごいことしてないし」
「通常“既成事実”と呼ばれそうなところまでは、されたが?」
「やっぱり、いやだった?」
「キリヤ」
Kは苦笑した。
「それだけ正直に顔に出るんだ。隠しとおせるわけがない。だったらむしろ、堂々と、楽しげにしていた方がいいじゃないか。つまらない外野を黙らせる一番いい方法は、涼しい顔でいることだ。火のないところにたつ煙じゃ、かえって消せないぞ」
「だけど、Kはそれでいいの?」
「何のために、キリヤの部屋まで来たんだ。なんの覚悟もしないで、ノコノコついてきたと思うのか」
Kは、ほんとうに涼しい顔で立ち上がった。
ちょうど部屋をのぞきに来た寮母さんに、大人びた笑顔を向けて、
「はじめまして。キリヤくんの友達です。今日、たまたま外で会って、そのままこちらへお邪魔していました」
「あら。じゃあ、ちょうど今から夕食ですから、ここですませていきます?」
「もし、僕のぶんが、あるのであれば」
「余裕をもたせてつくってますから」
「なら、お言葉に甘えて」
Kはにこやかに返事をして、僕と並んで夕食をすませた。
寮母さんに礼をいって帰ろうとするKに、「送ろう」といったが「遅いからいい。また、連絡してくれれば」と断られた。
そして今、部屋に戻って僕はこれを書いている。
十七歳は、本当に若すぎるだろうか?
まるで大人と、変わらない気がするんだけど。
だって、Kのおかげで、こんなにも落ち着いてる――。
・・・ 嘘のはじまり ・・・
2007.04.09 up
copyright SHINICHIRO KIRIYA 2007.
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