『うらぎり』


顔が離れた時、僕の頬は濡れていた。
「なんで……Kは、Kなら、友達として“ここまで”って線をひいてくれると思ってたのに……どうして、こんな……黙らせたかった?」
街灯のひかりの届かないところで、僕を抱きしめたまま、Kは囁く。
「いやなのか」
「いやじゃない。けど、裏切りだから」
Kは声をずっと低めた。
「キリヤは何も裏切ってない。勝手にキリヤを好きになったのは、こっちだ。それを責めたいなら」
「だから、そんなかばいかた、やめてくれ」
僕は、Kの胸を押しかえした。
「なんでそんなに優しくするのさ。このまま甘えたら、Kを裏切ることになる、っていってるんだ」
「なにが裏切りだ。兄さんを忘れてないことは知ってる。かわりになるつもりもない。もし帰ってくるなら、キリヤを返そうと思ってる」
「だから、違うって」
僕は手の甲で、乱暴に顔をぬぐった。
「帰ってきても、こなくても、なにも変わらないんだ。兄さんの胸に飛び込むことはできない。もし僕が他の誰かといても、兄さんは気にしないよ」
「キリヤ」
Kはため息をついた。
「おまえの顔に“たすけて”と書いてあるんだが」
僕は首をふった。
「キリヤはただの友達を、そんなに熱いまなざしで見るのか?」
僕は、もう一度首をふった。
「さっきもいったが、私立に通えなくなるようなことになったら、戻ってくればいい。そしたらもっと一緒にいられる」
僕は三度首をふった。
「無理だよ。半年もたってるんだ、もうH高の授業についてけないよ。転入試験は入試より、ずっと難しいんだろう」
「帰りたくないなら、うちにきたっていい。部屋はあいてる」
「お姉さんの部屋だろ」
「他にも部屋はある」
Kがあんまり真剣なので、僕はつい微笑んでしまった。
「なあ、Kの家に世話になったら、いいこともわるいことも、できないじゃないか」
「したいのか」
「Kは?」
こくり、とうなずく。
僕はハンカチで、顔と手をぬぐった。
「ごめん、K。こんなの、外でする話じゃなかった」
「キリヤ」
僕は、Kの掌を握りしめた。
「嬉しかった。次に二人で出かける時は、わるいこと、しよう」
そういって、僕はKから離れた。

暗い道をひとり歩きながら、僕は笑っていた。
いまさら、なにが“裏切り”だ。
最初から、かりそめの恋の相手と思って、みてたんじゃないか。
Kだってたぶん、僕をいたわることで、自分の痛みを忘れようとしてるんだ。
そう、お互い様なら。

ほんとうに裏切りじゃ、ないんだろうか――?


・・・ その、翌日 ・・・



2007.04.08 up
copyright SHINICHIRO KIRIYA 2007.